新しいチャペルでのミサ
十月の十六日、約一ヶぶりに島に戻ってきた。台湾、日本と、楽しかったが、けっこう忙しい旅だった。
少し落ち着いてから、気になっていた新しいチャペルがどうなったかを見るために、ラウイス(村)に行ってみた。
思わずハッと息を呑んでしまったのだ。何か、印象派の絵画を見ているような、うつくしさだった。
澄んだ高い高い空色の空。そして、高い屋根。その下に、壁がまったくない広い広いスペース。太い柱が薄い黄色と空色に塗られていて、その塗り方があまりうまくなくて、いかにもローカルぽくてカオハガンらしいのだ。周りに建っている島民たちの粗末な家々、そして、高く茂った木々の明るい緑。それらの背景と、ほんとうによくマッチしている。
ちょうど学校が引けた時間帯だったのか、大勢の、そう五、六十人くらいの子どもたちが周りの広場で遊んでいる。石蹴りをしたり、ゴム輪の塊を指ではじいたり、いろいろなゲームをして、夢中になって遊んでいる。
平和で、ほんとうに、うつくしい光景だった。何か、うれしくなって、涙が滲んでくるような感激を受けてしまった。
(左:改築中のチャペル)
正直言って、私はこのチャペルの強度に多少疑問を感じていた。
古いチャペルをそのままにしておいて、まず周りに数本の太い柱が立てられた。それから、その上に建物を覆ってしまうように高いトタンの屋根が作られた。その後で、古い建物が取り壊され、その崩れた破片を埋めて土台が作られているときに、私は島を離れてしまった。だから、屋根が、下から強い風を受けたときに飛ばされてしまうのではないかという感じをずっと持っていたのだ。しかし、十二本の柱の上にしっかりとした天井が張られ、その心配はまったくなさそうだ。
周りの地面からは、三十センチほど上がって、コンクリートを張った床がしっかりと作られている。建物の外側に建てられた太い柱から、さらに一メートル以上外側にまで床が広げられ、とにかく広いのだ。
内部は、祭壇に向かって両サイドに、昔からあった茶色のベンチが二列に並べられている。が、中央の部分にはかなり広いスペースが開いている。
とにかく、周囲に開いた、広々とした建物だ。あの教会独特の重苦しさはな<、そうかといって荘厳さがないわけではない。ちょうど良いバランスなのだ。すばらしい、カオハガンらしいチャペルである。この設計を村長のヘリーさんがひとりで考えたというから驚いてしまう。
十月二十一日、二十二日の週末はカオハガンのフィェスタ(キリスト教のお祭り)だ。二十一日の午後に二つ隣の島オランゴ島の教会におられる神父様が来られ、二十一日の午後四時ころからと二十二日の朝にミサをしてくださるそうだ。
四時ちょっと前にチャペルに行ってみたら、もう椅子はぎっしりと人で埋まっている。外側の、コンクリートの床の縁を取り巻いて作ってある三十センチほどの高さの段に腰をかける。
女性と子どもがほとんどで、大人の男はパラパラだ。皆それなりの晴れ着を着てめかしこみ、晴れ晴れしく賑やかである。真ん中の広く開いたスペースを小さな子どもたちが歩き回り、犬が寝転んでいる。
カオハガンでは、通常は毎月、第一水曜日に神父様が来られミサが行われている。新しいチャペルの柿落としというか、初めてのミサは、すでに先日行われてしまっているらしい。
今日はオルガンが持ち込まれ、生の伴奏付きで荘厳な、ミサが始まった。耳慣れたいくつもの賛美歌が歌われる。神父様のお説教はビサヤ語で話されるから内容はあまりよくはわからない。
最後に近くなって、両手を挙げ、隣の人と手を結び合い賛美歌を歌う、それが終わると、前後左右の人と笑顔で挨拶を交わす。私はこの部分が大好きなのだ。皆と一体になった感じがして、とても良い。
ミサが一段落したところで、紳父様が話し始めた。
「新しいチャペルは、たくさんの人々の協力と努カで完成した。そしてカオハガンのサポートを続けてくれている日本の方々がすばらしい協カをしてくださったことに心から感謝をしたい。」
うれしかった。そして、島民からの、強い、暖かい拍手を受けたのだ。島民と私たちが、より一層強く結ばれたことを、心から感じた。
ミサが終わってチャペルの入口付近に立っていたら、神父様が近づいてこられ、「ありがとう」と握手をしてくださった。感激をしてしまった。
このカオハガン・チャペル改築のための寄付の呼ぴかけに応えてくださった大勢の方々に、心かからのお礼を申しあげたい。ありがとうございました。
ミサが終わって、皆が手に火の灯った蝋燭を持ち、花で飾った聖台を中心にゆっくりと島内を一周した。プロセッションといわれる行事だ。
もう暗くなった、村や森を、たくさんの蝋燭の淡い火がちらちらと、賛美歌の清らかな響きとともに通り過ぎる光景は、夢のようにうつくしかったのだ。
カオハガンにて 崎山 克彦
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